「総合人間学共同研究プロジェクト」(第1期)について
2006年7月
中谷英明
東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所
共同研究プロジェクト「地球文明時代の世界理解と新しい倫理・人間観の研究」主査

 人文・社会科学の新領域、「総合人間学」の目的は、すべての人々にとってのよりよい未来社会を構想するための諸条件を確定することである。
 東京外国語大学アジア・アフリカ言語研究所共同研究プロジェクト「地球文明時代の世界理解と新しい倫理・人間観の研究」は、およそ60名の研究者が参画し、2004年度よりの3年計画によって、この新学術領域の構築に従事してきた。◆1
 未来社会の構想は、容易な営為ではない。そのためには、第1に、数億年以上かけて形成されてきた人間の本性を理解すること、第2に、種々の文明の精神伝統を偏見なしに理解すること、第3に、脳神経科学、遺伝子学、ナノテクノロジー、金融工学などの先端科学の研究成果と展望を正確に把握すること、第4に、世界の諸地域の政治的、経済的、社会的状況をよく掌握すること、が必要であろう。
 科学技術の加速度的進展、ならびにそれによって地球上に生起している諸地域社会の巨大な変容を考慮するなら、以上の4点すべてを適切な有効性をともなって遂行することは個人の能力を遥かに超えると考えられる。そのゆえに我々は人文・社会・自然のすべての主要分野の研究者の対話による共同研究を提案する。直接対話によってこそ、総合人間学を中核をなして遂行する人文・社会科学の研究者は、必要な情報を迅速に収集して正確に理解することができ、自身の知の体系を組み直すことができるであろう。この知の再編こそ、よりよい未来社会の構想に不可欠なのである。
 また、この新学術領域を確立するため、いまひとつの原則を提案する。近代人文科学は、他の科学と同じく、真偽の判定を最も重視してきた。しかし我々はある情報が「人の幸せにとってどのような意味があるか」を、「真か偽か」と等しく重視することとしたい。もちろん何が人の幸せであるかは、文明ごとに、あるいは最も厳密に言えば、人ごとに異なる。しかし、時に多数の評価基準があるにせよ、それぞれの情報の、人にとっての意味を問うことそのものは、真偽の区別と等しく重視されなければならないと考える。
 2年来、上記プロジェクトでは研究例会や2度の国際シンポジウムを通じて議論を深めてきた。その講演や発表を順次『総合人間学叢書』において公刊してゆく予定である。
 あらゆる分野の研究者がこの試みを暖かく迎え入れ、ご支援を下さるよう心からお願い申し上げる。

◆脚注

1 共同研究への参加者は次のとおり。中谷英明(主査)、峰岸真琴(副査)、宮崎恒二、芝野耕司、羽田亨一、町田和彦、高島淳、飯塚正人、床呂郁也、荒川慎太郎、伊藤智ゆき(以上AA研所内共同研究員)、朝倉尚、逸身喜一郎、石堂常世、市川裕、池本幸生、池田知久、池内了、内山勝利、内堀基光、大津透、丘山新、小川正廣、柿木隆介、笠井清登、加藤進昌、桂紹隆、河井徳治、黒田彰、小島毅、後藤敏文、行場次朗、塩月亮子、杉下守弘、杉本良男、新宮一成、関根清三、手島勲矢、立木康介、恒川恵市、中島隆博、中島秀人、長野泰彦、西川昌弘、納富信留、信原幸弘、林信夫、林もも子、原洋之介、日高敏隆、廣瀬通孝、広田光一、寳珠山稔、松尾剛次、丸山徹、三木雅博、村上征勝、守屋 彰夫、矢野環(以上AA研所外共同研究員)