概要
このホームページは、文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(B)「仏典における認識機序記述の研究 ― 最初期から大乗期に至る記述の構造的把握を通して ―」(研究代表者、中谷英明。平成25年度~27年度)の研究活動とその成果を報告する。
(1) 研究目的
本研究は、最初期から大乗期に至る諸仏典における認識機序記述の解明を目的とする。
(2) 研究方法
最古の仏典、Aṭṭhaka-vagga(=Av、Suttanipāta第4章)には、認識機序の精密な記述が存在することが中谷によって初めて指摘された【中谷2011、業績の頁参照。以下同様】。本研究は、仏典の認識機序記述の解明のため、この記述(「闘諍篇」Suttanipāta 862-874)をさらに精密に解明し、それに基づいて、以後の典籍の記述の再解釈を試みるという研究方法を取る。
すなわちAv のsaññā、papañca、dhamma、nāma-rūpa、phassa, piya 等の主要語彙の意味を認識機序記述として把握し、その機序の構造を考慮しつつ、ニカーヤ・阿含、アビダルマ、大乗経典・論書、ジャイナ経典のそれぞれにおいて、内容の近似する諸語彙(saṃjñā, vijñāna, vedanā, saṃskāra, nāma-rūpa, dharma 等)の意味を再検討する。その際、一文献内の関連諸語彙が全体として記述する認識機序の再構成を試み、その再構成された機序中に各語彙を位置づけつつ、各文献における認識機序記述の全容解明に努める。
(3) 研究成果
本研究を開始して2年半を経過し、多くの新知見が得られた(平成27年10月1日現在)。*
闘諍篇の幾つかの重要な箇所の解読に成功し、闘諍篇が当初考えられた以上に精密な認識機序記述であることが判明した。
また従来意味を確定し得なかったdhammaという言葉が、Av内においては、「行為」、「想念」、「情動」、「好悪」・「知覚」、「5感覚」の5種を明確に指すことを初めて確認し、それは、闘諍篇の記述において認識作用から発するとされる2種の意識のうち、自覚的諸意識に対応するものであることを発見した。この結果、rūpaは「5感覚」に当たることが判明した。
また自覚し難い利己的欲求の根底にあるpapañca「潜熟力」の払拭を意味するnibbāna「消尽」が、一度の行為によって成就するものではなく、「払拭の継続」という過程を意味することも指摘した。
他方、この認識機序記述をもとに、仏典を精査した結果、次の成果を得た。『倶舎論』におけるmanaskāra(室寺義仁)、『三昧王経』におけるsaññā(宮崎泉)、『大般涅槃経』におけるsaññā(佐藤直実)、『牟尼意趣荘厳』中の想蘊とvivādamūla(加納和雄)、ボン教の五蘊説(熊谷誠慈)、ジャイナ古聖典におけるsaññā(山畑倫志)等において新解釈の可能性を指摘した。